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 任国外旅行

協力隊の期間中には、任国外へ行く機会がある。
職種によっては 何回も行く人がいるみたいだが、わたしは1っ回だけ近隣国を訪問しました。

「任国外旅行」というもので 現在は1週間くらいだが、

当時は3週間以内で パスポート

(私用ではなく外務省管轄の業務なので公用パスポート)

に記載されている国(ブータンの場合、

近隣の数カ国)であれば 旅行できるというものです。
公用旅券 訪問できる国は制限されている

目的は 任地の業務だけでは見えてこない問題点を、多角的に、広い観点から観察・対処するために近隣国の関連機関を訪問、調査することです。

が、本音を言うと 日本と全く違う厳しい生活条件の任地を離れ、リフレッシュする人が多いようです(私もそうでしたが(^^ゞ)。

ブータンは アジアの最貧国のひとつ、ヒマラヤの険しい山々に囲まれ 海はなく 小型旅客機 しか離着陸できない 小さな空港がひとつあるだけ。
そんな小さな国なので、日本のように外国から沢山のものは入ってこれません。当時、首都でさへ小さなデユーティ・フリーの店が1軒あるだけ、という、ほんと しょぼしょぼな国なのです。半年に1回だけ任地から首都に来れる時、ここで醤油とマルボロのタバコを 買えるのが楽しみでした。
ゆえに この旅行は日用品・消耗品等を補給する 貴重なチャンスでもあるのです・・・・ブータンの場合。
(同じ途上国でも、東南アジアは日本との関係も深く、そのような身の周りの品物にはそんなに苦労は無いと思いますが)

任地で活動を開始して、約1年後、トヨタ ランクルなどの4駆の車で クネクネ道を走りながら 2日掛けてやっとこさ僻地の任地から首都に移動、任国外旅行に出発できました。ブータンの首都病院の歯科の治療いす

目的としては
「近隣国 ネパール・インド・タイの病院を見学、医療レベルの違い、
ODA供与された病院機材がどのように使われているか、他の途上国の現場を観察、
何か任地に応用できるヒントはないか調べる」ということでした。

出発時期が雨期(モンスーン)の始まりで 豪雨のために 予定通り出発できないということもあり、行きたかったのですが、日程の関係で インド訪問はあきらめました(・・・っていうか3週間ではインド1国でさへも十分にまわることは不可能と思う) 
渡航先はネパールとタイでした。

ネパールでは Daudogandy 大学病院を訪問。 ここは25年間以上 継続的に日本のODAの援助を受けており、総額10億円以上の機材が 供与されたそうです。 しかし始めの頃の機材はすでに壊れているものもあり、また それらをメンテナンスする技術ももたない彼らには 宝の持ち腐れ状態でもある.

これでは 税金の無駄ずかいにしか見えない。 日本語を話すネパール人スタッフは ハードよりも それらをつかいこな人材(ソフト)が必要だと言う。

しかしこれでは 援助がさらに別の援助を引き起こし ほんらい必要ではないお金(日本国民の税金)を ムダに使っている、としか見えなかった。
(そうではない、本当に必要なものもある。 しかし、それ以上に無駄に使われている、という雰囲気は recipient である彼らの話し方・雰囲気にも感じられた)

ODAという 甘い蜜(儲けが大きい)にむらがる日本の民間企業を潤すだけで 途上国の自助努力の芽を 潰している所もあるのでは? (と感じた)

価値観の違う異文化同士の協力活動には 常識を超えた部分がある。 まさに「協力隊は答えの無い活動」おt言われるゆえんで、日本では接したことの無い 非日常的な その光景に 考えさせられることが多かった。

次はタイのバンコクに向かった。
山国の ブータン・ネパールと違って バンコクはまさに熱帯!・・・暑いι(´Д`υ)アツィー
インド、ネパールの南西アジアの 静けさと違い、バンコクはまさに 大都会!!! 到着した日は 日本に帰った!?と思うくらい、そのにぎやかさにはビックリでした。

人々の活気さは ブータン 1: ネパール 10: タイ・バンコク 100 ・・・というところか?

バンコクの中心部、当時 ニューペブリ通りの 真ん中らへんいあった 日本大使館に隣接した タイJICAを表敬訪問、ドミトリー(隊員連絡所&宿泊所)の宿泊許可をもらって 1週間ほど滞在しました。 その間、 Bangkok General Hospital という 30年上以上も前日本のODAで建設された総合病院を見学しました。

バンコク中央病院ODAで供与された機材(脳外科用の手術機器)
 

バンコクには 日本人が約7万人在住(観光ビザを不法に延長して滞在している日本人は 約30万人以上もいるらしい)し、企業の駐在員、その家族等が数万人もいるので この病院のように、Japanese Relation (日本人専用スタッフ)もいます。

しかし、このような外国で 大病院にて日本人専用の スタッフ・治療室があるというのは・・・・言葉の問題もあるが Jaopanese Monney にモノを言わせた 日本のODAの専横さを感じるのは私だけであろうか?
普通の白人たちは タイ人と一緒の治療を受けているというのに・・・。

バンコクでしか出来ないことのひとつに、日本食の食材、日本製の電化製品(TV等)のショッピングがあります。
任国の周囲の ネパール、インドでは 殆ど日本食や食材を変える場所は無く、電化製品の品質も悪い。しかしタイには日系企業の工場も多く、現地生産ではあるが 日本と同等品質のTVを買えました。(帰国時、任地のブータン人に安く売ってあげました。)

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