目次−協力隊参加の動機


 今から10数年前、とある日曜日のAM10時ごろ東京の山手線の某駅前のホールで
青年海外協力隊の説明会の看板が掲げられているのに通りかかった。

その実態は知らなくとも名前を聴いたことある人は多いと思う。
(ちなみに英語ではJapan Overseas Cooperation Volunteers…
略して『JOCV』と呼び、なぜか「青年」や「隊」という意味の単語は含まれない)
協力隊のビデオ

「そういえば駅のポスターで見たことがあったなぁ」と、思いつつ中にフラフラと吸い込まれていったのが
そもそもの始まりだった。
丁度25歳くらいのことだった。既に100−200人くらいの人が集まっていた。
参加者は3−4つのサークルに別れて説明を聞くことになった。
その時臨検技師(当時私は臨床検査技師として某医療機関に勤めていた)は、
合格率が高いのでぜひ参加してくださいとスタッフにいわれた。

派遣記録のレジュメを見た時アフリカや、聞いたこともない国の名前ばかりで
「とにかくこんな国へ行って大丈夫なのか?」という不安が大きかったです。

数日後、職場で説明会に行ってきたことを話したら、あいにくJOCVに関心のある人は
私の周りにはいなかったようで
「ああいうのは落ちこぼれの人が行くところだよ、アフリカなんかに行くことになって、
もしも黒ん坊の女と結婚することになったりしたら、あんたどうすんの?」等と、言う人もあり、
当時25歳の私は「自分の考え(協力隊に参加すること)はやはりおかしい事なのだろうか?」と
今思うとばかばかしいが、その時は真剣に悩んだのでした。

それからしばらくしてJOCVの事は毎日の仕事、あわただしい生活の中で記憶から消えていました。
それから数年して、パラグアイからきた日系2世のある女性が入社してきて、
5年ほど同じセクションで仕事していた時、彼女の故国であるパラグアイではJICA/JOCVが有名で
彼女が言うには日本で検査技師で働くのはあなたのそのガタイが勿体無いから(どういう意味じゃ)
外国の医療機関で働いてみては?などとアドバイスされ協力隊のことがまた脳裏に蘇ってきたのでした。

上司に話すと、協力隊参加するなら退職するしかないということで理解が得られず、でも参加したい・・・

そんな悶々とした気持ちで数年が過ぎました。

そして月日は流れ、34歳のとき、日本での自分に限界を感じていたことがきっかけで受験、
幸運にも一発で合格、わたしは長年勤務した会社を退職、2年数ヶ月の海外生活に旅立ったのでした・・・・

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